2011年05月21日

被災地に行って感じたこと。

陸前高田に行ってから、行く前と行った後では、思い入れも変わるし、より親身になって考えるようになった。

避難所の方々の髪を切りながら聞いた話は、今でも鮮明に心の中に焼きついている。

生と死を分けた瞬間。その体験から生き延びた方々の話は大切な重さがあった。

地震がパート先で起こり、その日たまたま体調を崩し自宅で寝ていた子供のもとへ車を走らせた若いお母さん。パート先から自宅まで20分、そして部屋にいた幼稚園児とまだ幼い子供2人を見つけ、「山の方に走りなさい!」と…。地震や周りの異様な状況におびえる子供に何度も何度も「いいから、走って!」「走りなさい!」と…。一生懸命に子供達に声をかけ走らせ、それでも津波が後ろ2メートルまで迫ってきたそうだ。隣の家の方にも「逃げて」と声をかけたそうだが、その時まだ家に残っていて、その隣の家の人はいまだに見つかっていないそうだ。

その他にも、陸前高田では、地震直後に津波で孤立していた病院と市役所がテレビ映像でも中継されていたが、その市役所の屋上に避難して助かった女性の髪も切らせていただいた。
丸1日以上、救助も来なくて雪も降っていたそうだ。とても寒かったと…。

お店を経営していた人、会社を経営していた人、漁師さん、大工さん、専門学校生や子供たち…。いろいろな立場であった人が、避難所で同じ屋根の下、自分の物は服以外は何も持たずに、炊き出しの食事をみんなで食べる。

ほとんどの人が家も流され、自分のものは「着てきた服以外は何も持っていない」と言っていた。

髪を切りながら「ピンがないから、前髪も落ちてきて」って言われ、ここにはピン留め1個も無いんだという状況を深く実感させられた。


肩書きがあった人も、その職場も流されて、家も無いし車も無い。

避難所では肩書きがあっても実際にそこで何ができるかなんだ…。

人間て、やっぱり良い学校を出て良い会社に入るっていうのが理想なのかもしれないけれど、何も無くなった場所では、ひとりの人間としてそこから何が出来るかが大切なんだよ。

このつづきは、また。
posted by NAKAMURA at 20:31| 千葉 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月05日

陸前高田に行ってきた。


陸前高田に行ってきた。


感じたこと…。


何もかもが大きくて、今日、ここの文章だけでは書くことが出来ない…。



ボランティア。


ボランティアに行く…。


言葉に置き換えたらボランティアなのかもしれない…。



ボランティア?


人が助け合う、支えあう気持ちや精神は、人間の中に常にあり続けて必要であって、あえてボランティアと主張するものではないかも…。


高田第一中学校の避難所を中心に、岩手の方々と接し、会話をし、ヘアカットをしました。


そこにいる人達はみんなと同じ祖先の日本人であって、お互いが支えあっている人間同士であって、同じ太陽の下で暮らしている親戚のような存在であって、会話を交わせば同じ共通の何かを持つ仲間であって…。



俺は陸前高田市にボランティアで行ったつもりだった…。



避難所の方々と会話をして、わかったことがたくさんあった…。


陸前高田市から、気仙沼市や、大船渡市に、仕事や学校で通っていた方々もたくさんいた。

人の繋がりって場所を特定した問題じゃない…。



避難所におられたほとんどの方は家は流されて、職場も壊滅している。


街は全て消えてなくなって、道路や鉄道をはじめ、街にあった商店など生活に必要な何もかもが全て失われてしまった。


何も持たず着の身着のまま高台に向かった人達には、物も何も無いが、明日からの生活基盤もない。そして多くの人達は親や子供、家族や親戚、友人や同僚、隣り近所の方々も失くしている…。



高速道路を東に向かい、山を越えてそこに広がった光景、想像を絶する広さのがれきの山…。


津波に流され縦横不自然に重なった自動車。家の残骸?、街の残骸か?…。自分達と同じ故郷の人間が、自分達の明日の生活に必要としていた物たちが粉砕され、見渡す限りに広がっていた…。



テレビの中の出来事では無い。


電波を通じた箱の中の出来事では無い…。


被災地の真ん中に降り立った風景は、そのあまりもの広さに日本の半分が崩れてしまった感覚にもなった…。


そして丘の上には、死と隣あわせの体験をした方々が、身を寄せ合い明日を迎えている…。


身内や家を失くしているだけではない…。街を津波に流されたそこには、とても深い人間の歴史や想いもあった…。


そんな状況の中でも失くしていないものは、人々の中にある優しさや生きる勇気…。



俺はそこに行く前には「避難している方々に元気を与えられたら」なんて思っていたが、髪を切りながら涙が出た…。



家も流されて、家族を失って、着るもの以外に何も持っていない方々が、「ありがとう」と言って、僕らにチョコレートや炊き出しの食事を分けてくれた…。




今日、家に帰ってきて、また自分のいつのも生活に戻る…。


道路には車が走り、着飾った人々が、街を歩いている…。


昨日の出来事が、別の世界の出来事ではないはずなのに…。



04-05-11_0858.jpg
posted by NAKAMURA at 23:57| 千葉 ☁| Comment(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。