2008年05月10日

世界の果てまで。

秋茜-AKIAKANE-のライブに集まるオーディエンス。他のバンドのファンからすると、だいぶ真面目で堅苦しく感じるらしい。僕から見れば、全然そんな事はないと思うんだけれど、客観的な意見はそういうことらしい…。
確かに秋茜のメッセージも強いものもあるし、それを真面目とか堅苦しいとか感じる人もいるであろう。

でも、基本、ロックやっていてその時点で、真面目でも堅苦しくも、そんなにまともな一般的な感覚では無いでしょう。

真面目の平均て何処? 不真面目なラインは何処で決められるの?

人が集まれば、そこは無法地帯では危険だし、そこにはルールやマナーも存在しないと争いが起きるだろう。人々はそれを守りながら共存していて、それを少し深く感じられる人がいてもいいし、それを浅く理解している人もいるだろうし、いろんな人が集まってそれが人間の生きる姿だと思う。

秋茜のライブ会場でもお互いが助け合って、楽しんでいる姿は、それは素晴らしいと思えるし、何か問題が起きれば、みんなでそれを解決するように、それも助け合っているし、オーディエンスのあるべき姿としても、秋茜に集まってくれるファンはとても好意的で良いものを持っていると感じる。

別にそこにいるみんなが、そんなに真面目な人生ばかり送ってきてるわけじゃないだろうし、真面目な家庭で真面目に勉強していたら、パンクロックなんて他人事にも感じるでしょう…。

ライブに集まってくる人ってみんなどこか不器用であったり、人見知りであったり、日常生活でもそんな自分がエリートな人間だとも思ってないだろうし、そういうどこか心で自分自身に寂しさを持ってたり、何か共感するものがあるからこそ、そこにいるのだと思う。

それは全然、かっこ悪い事じゃなくて、人間らしく生きていて、そして壁にぶつかったり、道に迷ったり、何か未来へのヒントがその場所にあるんじゃないかと思って、外へ足を一歩踏み出しているのだし、それは誰もが経験している自然なことだと思うし。
そんなに完璧な人間こそ、この世にいないはず。

秋茜のライブに来る人たちが、他と違った特別な人なんじゃなくて、人生の葛藤なんてみんな同じに感じていて、それが他の人達より不器用に感じる時があったり、勇気が無くて前に進めなかったり、道に迷ったりしている人たちがいて、そしてそれが自分達もそうであって…。
でも少しそのことが周りから大人に見えたりして。

入り口はどんなのでもいい。
秋茜のファンであれば、どんな人間にだって手を差し伸べてあげられて、そしてみんなとの楽しみ方を、自分達自身が伝えていけば、それは絶対に伝わると思う。

それだけ、みんなには人に親切な気持ちがあって、優しさがあって、ユーモアがあって、そして協力し助けあって、広い社会へ対しての理解力もある。

秋茜は今までもこれからも、どんな国の人も、どんな民族の人も、真面目な人も不真面目な人であろうと、その事で差別心を持つ事は無いだろうし、不器用な人と思われる人であれ、これからの未来を明るくしていけるのも、それはみんなひとりひとりの自分自身なのかもしれない。

そう、これを読んでいるみんなが、未来を明るく変えていけるひとりなんだと思う。

それは、どんなに小さいことであろうと、必ず…。
posted by NAKAMURA at 01:42| 千葉 | Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする