ブログ書いて、帰りにブログの内容を思い出しつつ、日本の夜の街を観察してたんだけれど、やっぱり看板が多い。
そしてやたらと明るい照明が光っている。
だいたい大きな道沿いにある看板は、ファーストフードの店の案内や大型企業の広告、ショッピングセンター、スーパーマーケット、パチンコ、コンビニエンスの案内看板などなど。
コンビニを除けば、その他の店や会社は午前3時にはどこも閉まってる。だったら看板の電気消しとかないと。
でも看板が、店から数百メートルから数キロ離れている案内の看板だから、夜は暗くなるとずっと点灯しっぱなしなんだろうね。
だいたいその近辺に住んでいる人達は、夜中に電気つけとかなくても場所はわかっているし、たまたまそこを通る人向けの案内でしょ?
イギリス西部の町へ行った時に、ギターアンプを修理してもらったんだけれど、昼間も道にはあんまり人は歩いていないんだけれど、ギターショップの場所がわからなくて、たまたま道に歩いている人に聞いたの。あんまりギターとは疎遠な感じの人で、わかるかどうか不安だったけれど。
そしたら、いとも簡単にギターショップのある場所を教えてくれて。
看板もなんにも無い町で何でわかるんだろう?って…。ちょっと不思議だった。
イギリス人のドライバーに「何でわかるの?」って聞いたら、その町の人だったら、ほとんどの店の場所は覚えて知っているって。
情報がごちゃごちゃしてないし、ひとつの店が品質などにもこだわりを持って長くやっている店がほとんどだから、町の人達とも良いバランスで共存していて、大企業が入ってお客を独占しようなんて流れも感じられないし、競争競争で無駄な労力も使って無い感じで。
昨日はうちの母親にヨーロッパのおみやげを持っていって、少し話したんだけれど、「日本はこれからもどん悪くなっていく気がする」って言っていた。戦争体験してきたお祖父様たちからも同じ様な話を聞いた。
日本人は、だんだんと贅沢になって、我慢する力も衰えてきてしまっている。他の国と比べて、物にあふれた贅沢な暮らしを出来るのも、日本人が造り上げてきたもの。そして、その他国と比べて贅沢な社会の中で、若者世代が人間レベルの低下に向っていっている。
今ある贅沢は、戦後、焼け野原からなんとか自分達の暮らしを立て直そうと努力してきた、戦争の生き残り世代の方々の才能とパワーによって築きあげられてきた。戦後世代の人達の力もあったかもしれないが、戦後を立て直しの先導をしてきたのは、戦前戦中生まれの人達であろう。
僕ら世代は、それに乗かっているだけで、先進国と呼ばれる日本の生活を味わう事が出来ている。僕自身、戦後の焼け野原から立ち直る様な努力もしていないし、それを想定することさえできない。言葉では聞いているが…。
便利は人間を退化させる。今までの日本人は、便利なものを考え発明し葛藤し、協力し合い支え合い、人々の生活を向上させることに全霊を向けてきた。その船を作ってきたのは僕達の先人達であって、僕らはそれに乗っているだけで、それで今の日本人としてのポストを与えられてきた。いまでもその先人の技術や才能を受け継いでいる若者もいるが、そかしそれは凄く少数であり、その他の人間は現代の便利さの中で自分自身を退化させてしまっている気がする。
何かおかしな事になっている。
ヨーロッパにいてそれに、何度も気付いた…。
日本は技術的にも進んだ国であるが、若者の才能っていうのは、あふれた物や情報によって、その中に埋もれてしまっている。個人の欲望を満たす事は、どの国よりも進んでいると思うが、全体的なパワー、国力は落ち続ける。それはこの先に、日本全体が衰えていくことかもしれない。
早く気付いて立ち直らないと。
写真は2/16、ドイツの7er Clubでの1枚。会場は広いが、人、ひとりひとりが大きい為に、その熱気も大きい。



















